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いじめ0件
そんな小学校や中学校ってホントにあるのか?

僕は子どもの頃とても心の弱い人間だったので、よくいじめに加担していた。いやなあだ名をつけて呼んだり、からかったり、持ち物を隠したりなんていうことは、僕の周りでごく日常的に行われていた。僕は進んでそんなことをしたくなかったし、多少かわいそうだとも思ったが、あまりにあたりまえに行われていたので、それを止めようともせず、ときにはそれを見て笑ったりもした。もちろん"いじめ"という意識はなかった。ちょっとしたレジャーだった。いまから思えば、対象になっていた人たちは相当つらい思いをしていたはずだ。よく自殺する人がいなかったと思う。そんな子ども時代を過ごしてきたので、僕にはいじめのない学校があるなんてとても信じられない。

ウィキペディアによれば「いじめ」とは、
"立場の弱い個人や集団に対して、精神的にあるいは肉体的に苦痛を与える行為である嫌がらせが一時的もしくは継続的に行われている状況"
である。
うん、そんなのは間違いなく日常茶飯事だ。学校だけじゃなくて、職場やサークルにだってある。そんなこと庶民はみんな知っている。庶民の集団に属したことのないエリートクラスの方々は知らないかもしれないが・・・。

学校も教育委員会も社会も、いじめがない学校を基準に考えるからおかしくなる。あってあたりまえなのだ。ないことがすばらしいことなのだ。そう考えることが、この問題に取り組む大前提だと思う。いじめがあることは決して恥じるべきことではない。問題はそれを放置することなのだ。また子どもが死ぬ前に、なんとか気づいてもらいたい。




でも、最終的には、子どもを守れなかったのは親の責任だと思いますけどね。それはまた別の話ということで。

ykbach --

最後の一文に一票です。
声を大にして言う勇気はありませんが、
常々それは感じていました。
まぁ周りが責め立てなくても、
親は自責の念にかられるものでしょうが…。


snappi --

他人が責めるべきではないですけどね。>ykbachさん
まさかすべての責任が学校にあると思っているのでは?
・・・なんてことを感じてしまう昨今のニュース。
先生と学校と教委が最悪なのは言うまでもありませんが、
子どもが死ぬ前に何とかするのが親のつとめだと思います。
世界中が敵でもオレはおまえの味方だと言ってあげてほしかった。
そう言ってあげる人が一人でもいたらと思うと・・・


penguin --

 個人的には「価値観が画一化しているのでは?」って気がします。僕らの頃のいじめって、対象がさほど固定されていなかった気がする。昨日まで先頭に立っていたいじめっ子が、風邪引いて1日休んだらいじめられっ子になっていたりした。僕自身は割とマイペースに孤立していたので、そういうクラスの変遷を客観的に眺めていました。
 そういう僕自身が大していじめに遭わなかったのは、きっと僕なりの個性が認められていたのだと思う。頭の良い子も、スポーツが出来る子も、何かのきっかけでいじめられる側になる事があった。そしてそれも一過性の物だったと思う。子供達の中で、色んな価値観や人物評価が入れ替わっていたんだと思う。
 現代は「やっぱ学歴がなきゃ」とか「金がある奴が偉い」とか、大人の社会が狭い価値観に捕われてしまっている。どんな方法でも金を得た奴を成功者として持ち上げる。そういう大人の価値観の狭さが、子供の多様性を奪っている気がするな。
 多分クラスのどの子にも、誰にも負けない優れた資質が1つくらいあるはずで、お互いにそれが認め合えれば1人の子が集中的にいじめられ続ける事はない気がする。ケースバイケースで役割が入れ替わりながら、「健全で公平ないじめ」が行われると思う。決定的に追い込まれるのでなければ、いじめられ側に立つのも人生の大切な学習だと思うし‥‥。


久遠 --

私は同級生らの振る舞いもどうかと思いましたが、それよりも教師の振る舞いに呆れました。あそこまで露骨ではなかったにせよ、類似の経験が自分にもあるもので(小学中学年期)…。教室における唯一の大人である教師さえあてにできない状況は精神的に辛かったろうとは思います。
それだけに学校側の対応が二転三転するのをかなり苦々しく見ていたのですが…
http://www.nishinippon.co.jp/nnp/national/20061018
/20061018_004.shtml
↑これが事実上の箝口令になりそうな気配を覚えてなりません。マスコミの過熱報道もどうかとは思うのですが。


snappi --

なるほど、そうかもしれません。>penguinさん
かくいう僕も性格の悪さが災いして村八分にされたりしました(苦笑)
価値観に対する子どもの視野を拡げてあげるというのも
自殺を防ぐひとつの方法になりえるのかもしれませんね。

類似の経験、誰にもありそうですね。>久遠さん
思えば弱者の気持ちがわかる先生はほんのひと握りだった気がします。
それもまた大前提で、学校に多くを期待してはいけないのでしょうね。
※ブログの仕様上の問題にて、コメント修正再投稿させていただきました。
 ご容赦願います m(_ _)m


Michael --

こんにちは。長いことROMしてましたが、初めて投稿させていただきます。

ykbachさん>最後の一文に一票です。
同意できかねます。親がいくら子を愛していても、それが故にいじめられていることを子が親に隠すということはお考えになりませんでしたか?「親に心配をかけまい」とする程度の発想は子供にも出来ることです。
また、学校でいじめられていると親に知らせることで、親兄弟から可哀相だと思われることも耐え難いものです。せめて自宅ではいじめのことを忘れたいはずです。

penguinさん>
「いじめられる側に立つのも勉強」というのは、いじめにあった経験をお持ちでないのであれば、あまり口に出されない方がいいと思いますよ。決定的に追いつめられるからこそいじめなのです。
「どの子にも、誰にも負けない優れた資質が1つくらいあるはず」というのは幻想に過ぎません。ほとんどの人は、自分にそれがないことを自覚し、理想と現実にどう折り合いをつけるか苦しんでいるはずです。もちろん、子供時代からその苦しみは始まっています。それ故、勉強が出来たり、スポーツが出来たりする子もいじめの対象になったりします。優れている部分を認め合うというのはかなり高度なことでしょう。
自分に他の人より優れたところが見つからなくても、いかにして人生に価値を見いだしてゆくか、それを導くのが本来親や学校が果たすべき教育なのだと思います。これができて初めて他人の優れた部分を認め合うことが出来るようになるのだと思います。

学校側の介入は難しいでしょうね。先生が出てきた途端に「告げ口しやがって」となるのは目に見えています。

結局、いじめをくぐりぬけて生き延びられるかどうかは、ミもフタもないようですが、運なのかなあと思います。転校したとか、進学したとか、なにかのきっかけがないと難しいと思いますね。いじめは格好悪いのだ、という認識をどうやって教室に根付かせるか。また、そうは言ってもやはりいじめられても仕方ないような問題のある子に、いかにそれを自分で気づかせるか。

学校の先生、大変だなぁ。


snappi --

おっしゃる意味、とてもわかります。>Michaelさん
ただ、それでも子どもを最後に助けられるのは親だということ。
いじめをなんとか克服できればそれが人生に役立つということ。
どちらも決して間違ってはいないと僕は思います。
もちろんそれは子どもをなくした親に言うべきことではなく、
いままさにいじめにあっている子どもに言うべきことではなく、
あくまでこの問題を解決するための建設的意見としてですが。


こーじT3 --

snappiさんごめんね。あげあし取りかもしれないけど・・・
言いたい事は分かるし意図する事と違うかもしれませんが・・・
>そんなこと庶民はみんな知っている。
>庶民の集団に属したことのないエリートクラスの方々は
>知らないかもしれないが・・・。
って言うのは、フィクションっぽくないかなぁ・・・
個人の人格って言えばそれまでだけど、
個人、組織の責任の問題ではなく、
地域、集団の特性の問題だと思います。
群とか、村とかね。
日本語ってひらがなにすると、不思議と、
意味がつながったりしますよね。
今のマスコミ用語の責任の問題ではなくて、
集団の長である先生の人格と資格自体が日々常に
問われなければならないと思います。


Michael --

snappiさん>
のっけから断定的なコメントで申し訳ありません。でも、この問題に関しては、お互い意見を少し出し合っただけなのに、十分に話し合いがなされ、正しい結論にたどり着いたような錯覚を起こしてはいけないと思いまして。

被害児童の親に責任を問うのは、僕はやはり酷だと思います。夏の車内に子供を置き去りにパチンコに興ずるような無神経な親であれば別ですが、まさか自分の子供がいじめられてつらそうにしているのに、気づいていながら見て見ぬふりをしていたワケではないでしょう。親の責任、というなら僕はむしろ加害児童の親の責任を問いたいです。自殺者を出したということ、自分の子供に「人を死なせる」という重大な経験をさせてしまったという2点で。
とはいっても、自分には子供はいませんが、自分に子供がいたらいじめられっ子にもいじめっ子にもしない自信はありません。そうならないように努力したいと思いますが、それはとても困難なことでしょう。「いじめに参加しなければ、今度は自分がいじめられる」と子供に言われて、「じゃあお前がいじめられてこい」とも言う自信はありませんし。

「いじめをなんとか克服できればそれが人生に役立つということ」に関しては、これを認めることは決して建設的とは言えません。
「いじめられても、死ななければよい。生きていればいずれその経験が役に立つ」とお考えであれば、それは違います。生き残っても、得られた知恵以上に重大な傷が被害児童に残ることもあるのです。それは、生涯にわたる精神的な傷であったり、肉体的な後遺症であったりします。
いじめ以外の方法ではその個人が成長することはできない、という特殊な事情でもない限り、いじめが役に立つことを認めるのは建設的ではありません。「いじめが役に立つ」というのは、起こってしまったいじめに何とか意義を持たせるために、被害児童だけが考える権利のある後ろ向きの発想です。
「どうすれば、孤立した個人にいじめ以外の方法でその理由を気づかせることができるのか」、それを探るのが周囲の大人の考える建設的な方法だと言えるでしょう。


snappi --

うーん、ごめんなさい。よくわかりません。>こーじT3さん
「自分は庶民だけどそんなこと知らないよ」とか、
「エリートの知り合いもみんな知ってるよ」というなのでしょうか。
でしたら僕の勘違いだということを指摘されても仕方ないと思います。
ただフィクションだというご指摘はよくわかりません。
僕は僕の中の(あくまで僕の中の)事実を述べたつもりですので。

前のレスにも書きましたが・・・。>Michaelさん
Michaelさんのご意見はとてもわかります。
全くその通りだと思います。
僕やpenguinさんが言っているのはそれとは別の観点からの話です。
物事にはいろんな側面があって、答えはひとつではないのです。
Michaelさんにご理解いただけないのは仕方ありませんが、
だからといって否定されるべきものではないと思うのです。


今回のコラムは表現の仕方が乱暴だったこともありますし、
何しろ根の深い難しい問題ですし、
そもそも人の意見はさまざまですし、
僕の意見がすべての方に賛同されるとは思っていません。
この場で正解にたどり着くなどまずもって不可能でしょう。
ここは僕の思いをみなさんに公開する場であって、
それに関連したみなさんの考えやご意見を述べていただく場であって、
議論する場にはしたくないと思っています。
ご意見をいただくのは大歓迎です。
でも他人の意見を否定するような物言いは控えていただきたく。
何しろ言い争いが苦手な管理人でありますので、
その点ご理解いただけると大変助かります。

もしどうしても議論をという場合はフリーBBSをご利用いただくか、
ご自身のブログにてトラックバックしていただけましたら幸いです。
よろしくお願いいたします。


こーじT3 --

snappiさんの記事を読ませて頂いて、
自分でいろいろ考えることができて、伝えたいことがあったりしました。
補足、説明だけすいません。
いじめって人の心を傷つけたり殺したりすることでしょう。
それは動物や他のものに対してもあるかもしれません。
そういうものは人間ならば誰でもすくなからず
持っているものだと思うんです。
平常でいられる状況と非常時などの環境でも変わってくるかもしれません。
状況っていうのは自分も含めた状態。
僕が突っ込んだところになにかあるような気がして・・・
だから、エリートとか庶民とかのレベルの問題じゃなくて、
いじめゼロっていうのは、偽のエリート意識みたいなもんでしょう?
確かに本物のエリートはレベルが全然違う、
僕は知らない世界。
エリートはいじめなんか知らないかもしれないっていうのを、
否定していませんけれど、庶民だって心のエリートを
目指すべきだと思うし、
火遊びして火事を起こすか起こさないか・・・
庶民だから火遊びをやっていいってことにはならないと思います。
うまくいえなくてすみません。


snappi --

補足説明ありがとうございました。>こーじT3さん
なるほど。そういうことだったのですね。
心のエリートとはうまい表現ですね。僕も同意見です。
Michaelさんがおっしゃった「いじめは格好悪い」ということを
そう思っていない親に育てられた子どもたちにどう伝えるか。
学校に与えられた(もちろん学校だけじゃないですが)
大きな課題かもしれませんね。


SN --

ひとつ、ご意見させていただきたくコメント投稿いたします。
色々と意見が出ておりますが、最終結論から申しますと、世の
中は強者と弱者に別れてしまうものではないでしょうか?私も
過去に教師から「授業中に無視」という行為をされた事があり
ますが、よい経験だったと思います。「こんなことには絶対負
けない」と強く思ったものです。。
世の中皆同じ考えにならないからこそ成立しているとは思いま
せんか?いじめは未来永劫なくなりません。大人たちがいじめ
のない学校を・・・という希望を持っていたとしても、子供の
世界と大人の世界は決して交わらないのです。万一、その様な
世界に変化したとすれば、世の中から犯罪もなくなるはずです
が、「一生犯罪が0件」って考えられますか?強者も弱者も生
きている現実世界でおこる様々な事を人生の経験としていく事
になっているのです。今回は自殺という誠に遺憾な結果になり
ましたが、やはり他人でなく一番の身内である親が子供を守り
きれなかったという事ではないでしょうか?だいいち教師や同
級生に文句を言うのが遅すぎます。そして「笑顔を返せ、子供
を返せ」と第三者に怒鳴っても・・・現実的に無理ですよね?
そんな無理な事をわかって言っているのは、自分の責任逃れで
す、自分の責任を認められないから、矛先を他人に向け怒鳴っ
ている。自分の責任を受け止めているならば、息子の死を無駄
にしたくない、無意味な死にしてはいけない」と考え、むしろ
今回の様な事が二度と起らないように世論に訴えてこそ、意味
の有る息子の死になるのではないでしょうか?まず「親失格」
で有る事を受け止めるべきです。



毎日一緒に居る子供なのですから、その変
化を親が気づかず、誰が気づけるのでしょう?






こーじT3 --

人のせいにして自殺した生徒本人が、
まともじゃないんだし、もったいないし、
その中学生の親だってまともじゃないかもしれないっていうのは、
想像がつきますが。
>SNさん
教師が強者で生徒が弱者?
いじめる側が強者?いじめられる側が弱者?
なんですか??
急性、慢性などの状態ってわかります?
言葉の暴力、肉体的暴力ってわかります?
教師、生徒、親、誰が一番責任が重いんですか?
あえて、死んだ犬を蹴るがごとく、責任責任!っていうなら、
僕個人的には、生徒本人だと思いますけどね。
あるいは、3者比べることができません。
先生がいじめをやっていて、
その対象が生徒であったという事実。
自殺までいかなかったとしても、
責任どころじゃ済まされないですね。
子供を失った親の悔しさを訴えて、
なにがいけないんでしょうか?


SN --

>こーじT3
>教師が強者で生徒が弱者?
>いじめる側が強者?いじめられる側が弱者?
>なんですか??
何を弱者、何を強者と限定はしておりませんが、世の中には弱
者と強者が存在しているということです。いじめる側が強者で
いじめられる側が弱者の時もあると思いますし、その逆の時も
あるでしょうし、立場が変わる事もあると思います。
>教師、生徒、親、誰が一番責任が重いんですか?
>あえて、死んだ犬を蹴るがごとく、責任責任!っていうな
>ら、僕個人的には、生徒本人だと思いますけどね。
>あるいは、3者比べることができません。
立場と角度は異なりますが責任はもちろん皆にあるでしょう。
ただし子供を守らなければならないのは、第三者の誰でもなく親ではないかという事です。
>先生がいじめをやっていて、
>その対象が生徒であったという事実。
>自殺までいかなかったとしても、
>責任どころじゃ済まされないですね。
もちろん先生がいじめを行う行為は一般的に言語道断ですが、
なくならないのは事実です。警察官が犯罪を起こすのと同じで
すよ。普通、「警察官が犯罪?」あってはならないことですが、毎月と言っていいほど何かのニュースになりますよね?
あれは犯罪だからニュースになりますが、教師のいじめは犯罪
としてとらわれないから新聞沙汰になりませんけど、全国的に
どこにでも発生していると言うことです。責任問題ではすまないという理念はありますが・・・。
>子供を失った親の悔しさを訴えて、
>なにがいけないんでしょうか?
いけなくないですよ。当方も親本人と話したわけではありませ
んのでわかりませんが、色々なマスコミ報道のTVを見ている
限りでは、悔しさ、その原因責任を誰かに転嫁しているように
聞こえますので、コメントを書かせていただいただけです。
まず「自分たちが守れなかった事」についての謝罪コメントの後に「原因として起因した側の追求」をするべきじゃないですかね?「自分たちは何も悪くない」と言ってる時点で、自分個人としては「親の責任」を果たしていないなぁと感じるのです。「対岸より眺めての河」という言葉があります。お互いが
お互いの立場に立って物事を考えなければ行けないと思います。



こーじT3 --

意見の意味が伝わったみたいで嬉しいです。
先にも書きましたが、マスコミ用語の責任の問題。
子供を守るのは当たり前っていうか本能でしょ?
親の責任というのなら、
自分の子供に世間や他人に迷惑をかけさせない事でしょう?
なんか変ではないかい?
自分の子供を守るのは本能だし愛情だし、
責任の問題ではないと思います。
街の子、国の子という概念はありますが。
マスコミ独自の報道ばかりですか。
街(市)や国の動きはどうなっているんでしょうか。
申し訳ない事に、僕は細かいニュースをみていません。
意見が対立するかと思いましたが、僕も理解出来ました。
しかし、おどろいた。
悪徳警察官のような先生がいるんですね。
そんな先生は中学校だったら生徒から袋だたきですよ。
そういうのはいじめっていわないでヤキっていうのか。
やっぱりマスコミ報道とずれがあることを願ったりします。


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この記事に対するコメント

最後の一文に一票です。
声を大にして言う勇気はありませんが、
常々それは感じていました。
まぁ周りが責め立てなくても、
親は自責の念にかられるものでしょうが…。
【2006/10/17 13:42】 URL | ykbach #XlbMLdos [編集]


他人が責めるべきではないですけどね。>ykbachさん
まさかすべての責任が学校にあると思っているのでは?
・・・なんてことを感じてしまう昨今のニュース。
先生と学校と教委が最悪なのは言うまでもありませんが、
子どもが死ぬ前に何とかするのが親のつとめだと思います。
世界中が敵でもオレはおまえの味方だと言ってあげてほしかった。
そう言ってあげる人が一人でもいたらと思うと・・・
【2006/10/17 23:05】 URL | snappi #I4DUBegY [編集]


 個人的には「価値観が画一化しているのでは?」って気がします。僕らの頃のいじめって、対象がさほど固定されていなかった気がする。昨日まで先頭に立っていたいじめっ子が、風邪引いて1日休んだらいじめられっ子になっていたりした。僕自身は割とマイペースに孤立していたので、そういうクラスの変遷を客観的に眺めていました。
 そういう僕自身が大していじめに遭わなかったのは、きっと僕なりの個性が認められていたのだと思う。頭の良い子も、スポーツが出来る子も、何かのきっかけでいじめられる側になる事があった。そしてそれも一過性の物だったと思う。子供達の中で、色んな価値観や人物評価が入れ替わっていたんだと思う。
 現代は「やっぱ学歴がなきゃ」とか「金がある奴が偉い」とか、大人の社会が狭い価値観に捕われてしまっている。どんな方法でも金を得た奴を成功者として持ち上げる。そういう大人の価値観の狭さが、子供の多様性を奪っている気がするな。
 多分クラスのどの子にも、誰にも負けない優れた資質が1つくらいあるはずで、お互いにそれが認め合えれば1人の子が集中的にいじめられ続ける事はない気がする。ケースバイケースで役割が入れ替わりながら、「健全で公平ないじめ」が行われると思う。決定的に追い込まれるのでなければ、いじめられ側に立つのも人生の大切な学習だと思うし‥‥。
【2006/10/17 23:42】 URL | penguin #K8Rmk27c [編集]


私は同級生らの振る舞いもどうかと思いましたが、それよりも教師の振る舞いに呆れました。あそこまで露骨ではなかったにせよ、類似の経験が自分にもあるもので(小学中学年期)…。教室における唯一の大人である教師さえあてにできない状況は精神的に辛かったろうとは思います。
それだけに学校側の対応が二転三転するのをかなり苦々しく見ていたのですが…
http://www.nishinippon.co.jp/nnp/national/20061018
/20061018_004.shtml
↑これが事実上の箝口令になりそうな気配を覚えてなりません。マスコミの過熱報道もどうかとは思うのですが。
【2006/10/18 09:13】 URL | 久遠 #- [編集]


なるほど、そうかもしれません。>penguinさん
かくいう僕も性格の悪さが災いして村八分にされたりしました(苦笑)
価値観に対する子どもの視野を拡げてあげるというのも
自殺を防ぐひとつの方法になりえるのかもしれませんね。

類似の経験、誰にもありそうですね。>久遠さん
思えば弱者の気持ちがわかる先生はほんのひと握りだった気がします。
それもまた大前提で、学校に多くを期待してはいけないのでしょうね。
※ブログの仕様上の問題にて、コメント修正再投稿させていただきました。
 ご容赦願います m(_ _)m
【2006/10/18 09:15】 URL | snappi #I4DUBegY [編集]


こんにちは。長いことROMしてましたが、初めて投稿させていただきます。

ykbachさん>最後の一文に一票です。
同意できかねます。親がいくら子を愛していても、それが故にいじめられていることを子が親に隠すということはお考えになりませんでしたか?「親に心配をかけまい」とする程度の発想は子供にも出来ることです。
また、学校でいじめられていると親に知らせることで、親兄弟から可哀相だと思われることも耐え難いものです。せめて自宅ではいじめのことを忘れたいはずです。

penguinさん>
「いじめられる側に立つのも勉強」というのは、いじめにあった経験をお持ちでないのであれば、あまり口に出されない方がいいと思いますよ。決定的に追いつめられるからこそいじめなのです。
「どの子にも、誰にも負けない優れた資質が1つくらいあるはず」というのは幻想に過ぎません。ほとんどの人は、自分にそれがないことを自覚し、理想と現実にどう折り合いをつけるか苦しんでいるはずです。もちろん、子供時代からその苦しみは始まっています。それ故、勉強が出来たり、スポーツが出来たりする子もいじめの対象になったりします。優れている部分を認め合うというのはかなり高度なことでしょう。
自分に他の人より優れたところが見つからなくても、いかにして人生に価値を見いだしてゆくか、それを導くのが本来親や学校が果たすべき教育なのだと思います。これができて初めて他人の優れた部分を認め合うことが出来るようになるのだと思います。

学校側の介入は難しいでしょうね。先生が出てきた途端に「告げ口しやがって」となるのは目に見えています。

結局、いじめをくぐりぬけて生き延びられるかどうかは、ミもフタもないようですが、運なのかなあと思います。転校したとか、進学したとか、なにかのきっかけがないと難しいと思いますね。いじめは格好悪いのだ、という認識をどうやって教室に根付かせるか。また、そうは言ってもやはりいじめられても仕方ないような問題のある子に、いかにそれを自分で気づかせるか。

学校の先生、大変だなぁ。
【2006/10/18 19:53】 URL | Michael #mQop/nM. [編集]


おっしゃる意味、とてもわかります。>Michaelさん
ただ、それでも子どもを最後に助けられるのは親だということ。
いじめをなんとか克服できればそれが人生に役立つということ。
どちらも決して間違ってはいないと僕は思います。
もちろんそれは子どもをなくした親に言うべきことではなく、
いままさにいじめにあっている子どもに言うべきことではなく、
あくまでこの問題を解決するための建設的意見としてですが。
【2006/10/18 23:09】 URL | snappi #I4DUBegY [編集]


snappiさんごめんね。あげあし取りかもしれないけど・・・
言いたい事は分かるし意図する事と違うかもしれませんが・・・
>そんなこと庶民はみんな知っている。
>庶民の集団に属したことのないエリートクラスの方々は
>知らないかもしれないが・・・。
って言うのは、フィクションっぽくないかなぁ・・・
個人の人格って言えばそれまでだけど、
個人、組織の責任の問題ではなく、
地域、集団の特性の問題だと思います。
群とか、村とかね。
日本語ってひらがなにすると、不思議と、
意味がつながったりしますよね。
今のマスコミ用語の責任の問題ではなくて、
集団の長である先生の人格と資格自体が日々常に
問われなければならないと思います。
【2006/10/20 10:02】 URL | こーじT3 #KnHW2vQ. [編集]


snappiさん>
のっけから断定的なコメントで申し訳ありません。でも、この問題に関しては、お互い意見を少し出し合っただけなのに、十分に話し合いがなされ、正しい結論にたどり着いたような錯覚を起こしてはいけないと思いまして。

被害児童の親に責任を問うのは、僕はやはり酷だと思います。夏の車内に子供を置き去りにパチンコに興ずるような無神経な親であれば別ですが、まさか自分の子供がいじめられてつらそうにしているのに、気づいていながら見て見ぬふりをしていたワケではないでしょう。親の責任、というなら僕はむしろ加害児童の親の責任を問いたいです。自殺者を出したということ、自分の子供に「人を死なせる」という重大な経験をさせてしまったという2点で。
とはいっても、自分には子供はいませんが、自分に子供がいたらいじめられっ子にもいじめっ子にもしない自信はありません。そうならないように努力したいと思いますが、それはとても困難なことでしょう。「いじめに参加しなければ、今度は自分がいじめられる」と子供に言われて、「じゃあお前がいじめられてこい」とも言う自信はありませんし。

「いじめをなんとか克服できればそれが人生に役立つということ」に関しては、これを認めることは決して建設的とは言えません。
「いじめられても、死ななければよい。生きていればいずれその経験が役に立つ」とお考えであれば、それは違います。生き残っても、得られた知恵以上に重大な傷が被害児童に残ることもあるのです。それは、生涯にわたる精神的な傷であったり、肉体的な後遺症であったりします。
いじめ以外の方法ではその個人が成長することはできない、という特殊な事情でもない限り、いじめが役に立つことを認めるのは建設的ではありません。「いじめが役に立つ」というのは、起こってしまったいじめに何とか意義を持たせるために、被害児童だけが考える権利のある後ろ向きの発想です。
「どうすれば、孤立した個人にいじめ以外の方法でその理由を気づかせることができるのか」、それを探るのが周囲の大人の考える建設的な方法だと言えるでしょう。
【2006/10/20 22:42】 URL | Michael #mQop/nM. [編集]


うーん、ごめんなさい。よくわかりません。>こーじT3さん
「自分は庶民だけどそんなこと知らないよ」とか、
「エリートの知り合いもみんな知ってるよ」というなのでしょうか。
でしたら僕の勘違いだということを指摘されても仕方ないと思います。
ただフィクションだというご指摘はよくわかりません。
僕は僕の中の(あくまで僕の中の)事実を述べたつもりですので。

前のレスにも書きましたが・・・。>Michaelさん
Michaelさんのご意見はとてもわかります。
全くその通りだと思います。
僕やpenguinさんが言っているのはそれとは別の観点からの話です。
物事にはいろんな側面があって、答えはひとつではないのです。
Michaelさんにご理解いただけないのは仕方ありませんが、
だからといって否定されるべきものではないと思うのです。


今回のコラムは表現の仕方が乱暴だったこともありますし、
何しろ根の深い難しい問題ですし、
そもそも人の意見はさまざまですし、
僕の意見がすべての方に賛同されるとは思っていません。
この場で正解にたどり着くなどまずもって不可能でしょう。
ここは僕の思いをみなさんに公開する場であって、
それに関連したみなさんの考えやご意見を述べていただく場であって、
議論する場にはしたくないと思っています。
ご意見をいただくのは大歓迎です。
でも他人の意見を否定するような物言いは控えていただきたく。
何しろ言い争いが苦手な管理人でありますので、
その点ご理解いただけると大変助かります。

もしどうしても議論をという場合はフリーBBSをご利用いただくか、
ご自身のブログにてトラックバックしていただけましたら幸いです。
よろしくお願いいたします。
【2006/10/21 00:31】 URL | snappi #I4DUBegY [編集]


snappiさんの記事を読ませて頂いて、
自分でいろいろ考えることができて、伝えたいことがあったりしました。
補足、説明だけすいません。
いじめって人の心を傷つけたり殺したりすることでしょう。
それは動物や他のものに対してもあるかもしれません。
そういうものは人間ならば誰でもすくなからず
持っているものだと思うんです。
平常でいられる状況と非常時などの環境でも変わってくるかもしれません。
状況っていうのは自分も含めた状態。
僕が突っ込んだところになにかあるような気がして・・・
だから、エリートとか庶民とかのレベルの問題じゃなくて、
いじめゼロっていうのは、偽のエリート意識みたいなもんでしょう?
確かに本物のエリートはレベルが全然違う、
僕は知らない世界。
エリートはいじめなんか知らないかもしれないっていうのを、
否定していませんけれど、庶民だって心のエリートを
目指すべきだと思うし、
火遊びして火事を起こすか起こさないか・・・
庶民だから火遊びをやっていいってことにはならないと思います。
うまくいえなくてすみません。
【2006/10/21 06:48】 URL | こーじT3 #KnHW2vQ. [編集]


補足説明ありがとうございました。>こーじT3さん
なるほど。そういうことだったのですね。
心のエリートとはうまい表現ですね。僕も同意見です。
Michaelさんがおっしゃった「いじめは格好悪い」ということを
そう思っていない親に育てられた子どもたちにどう伝えるか。
学校に与えられた(もちろん学校だけじゃないですが)
大きな課題かもしれませんね。
【2006/10/21 17:34】 URL | snappi #I4DUBegY [編集]


ひとつ、ご意見させていただきたくコメント投稿いたします。
色々と意見が出ておりますが、最終結論から申しますと、世の
中は強者と弱者に別れてしまうものではないでしょうか?私も
過去に教師から「授業中に無視」という行為をされた事があり
ますが、よい経験だったと思います。「こんなことには絶対負
けない」と強く思ったものです。。
世の中皆同じ考えにならないからこそ成立しているとは思いま
せんか?いじめは未来永劫なくなりません。大人たちがいじめ
のない学校を・・・という希望を持っていたとしても、子供の
世界と大人の世界は決して交わらないのです。万一、その様な
世界に変化したとすれば、世の中から犯罪もなくなるはずです
が、「一生犯罪が0件」って考えられますか?強者も弱者も生
きている現実世界でおこる様々な事を人生の経験としていく事
になっているのです。今回は自殺という誠に遺憾な結果になり
ましたが、やはり他人でなく一番の身内である親が子供を守り
きれなかったという事ではないでしょうか?だいいち教師や同
級生に文句を言うのが遅すぎます。そして「笑顔を返せ、子供
を返せ」と第三者に怒鳴っても・・・現実的に無理ですよね?
そんな無理な事をわかって言っているのは、自分の責任逃れで
す、自分の責任を認められないから、矛先を他人に向け怒鳴っ
ている。自分の責任を受け止めているならば、息子の死を無駄
にしたくない、無意味な死にしてはいけない」と考え、むしろ
今回の様な事が二度と起らないように世論に訴えてこそ、意味
の有る息子の死になるのではないでしょうか?まず「親失格」
で有る事を受け止めるべきです。



毎日一緒に居る子供なのですから、その変
化を親が気づかず、誰が気づけるのでしょう?





【2006/10/22 23:42】 URL | SN #JalddpaA [編集]


人のせいにして自殺した生徒本人が、
まともじゃないんだし、もったいないし、
その中学生の親だってまともじゃないかもしれないっていうのは、
想像がつきますが。
>SNさん
教師が強者で生徒が弱者?
いじめる側が強者?いじめられる側が弱者?
なんですか??
急性、慢性などの状態ってわかります?
言葉の暴力、肉体的暴力ってわかります?
教師、生徒、親、誰が一番責任が重いんですか?
あえて、死んだ犬を蹴るがごとく、責任責任!っていうなら、
僕個人的には、生徒本人だと思いますけどね。
あるいは、3者比べることができません。
先生がいじめをやっていて、
その対象が生徒であったという事実。
自殺までいかなかったとしても、
責任どころじゃ済まされないですね。
子供を失った親の悔しさを訴えて、
なにがいけないんでしょうか?
【2006/10/23 13:52】 URL | こーじT3 #KnHW2vQ. [編集]


>こーじT3
>教師が強者で生徒が弱者?
>いじめる側が強者?いじめられる側が弱者?
>なんですか??
何を弱者、何を強者と限定はしておりませんが、世の中には弱
者と強者が存在しているということです。いじめる側が強者で
いじめられる側が弱者の時もあると思いますし、その逆の時も
あるでしょうし、立場が変わる事もあると思います。
>教師、生徒、親、誰が一番責任が重いんですか?
>あえて、死んだ犬を蹴るがごとく、責任責任!っていうな
>ら、僕個人的には、生徒本人だと思いますけどね。
>あるいは、3者比べることができません。
立場と角度は異なりますが責任はもちろん皆にあるでしょう。
ただし子供を守らなければならないのは、第三者の誰でもなく親ではないかという事です。
>先生がいじめをやっていて、
>その対象が生徒であったという事実。
>自殺までいかなかったとしても、
>責任どころじゃ済まされないですね。
もちろん先生がいじめを行う行為は一般的に言語道断ですが、
なくならないのは事実です。警察官が犯罪を起こすのと同じで
すよ。普通、「警察官が犯罪?」あってはならないことですが、毎月と言っていいほど何かのニュースになりますよね?
あれは犯罪だからニュースになりますが、教師のいじめは犯罪
としてとらわれないから新聞沙汰になりませんけど、全国的に
どこにでも発生していると言うことです。責任問題ではすまないという理念はありますが・・・。
>子供を失った親の悔しさを訴えて、
>なにがいけないんでしょうか?
いけなくないですよ。当方も親本人と話したわけではありませ
んのでわかりませんが、色々なマスコミ報道のTVを見ている
限りでは、悔しさ、その原因責任を誰かに転嫁しているように
聞こえますので、コメントを書かせていただいただけです。
まず「自分たちが守れなかった事」についての謝罪コメントの後に「原因として起因した側の追求」をするべきじゃないですかね?「自分たちは何も悪くない」と言ってる時点で、自分個人としては「親の責任」を果たしていないなぁと感じるのです。「対岸より眺めての河」という言葉があります。お互いが
お互いの立場に立って物事を考えなければ行けないと思います。


【2006/10/23 15:09】 URL | SN #JalddpaA [編集]


意見の意味が伝わったみたいで嬉しいです。
先にも書きましたが、マスコミ用語の責任の問題。
子供を守るのは当たり前っていうか本能でしょ?
親の責任というのなら、
自分の子供に世間や他人に迷惑をかけさせない事でしょう?
なんか変ではないかい?
自分の子供を守るのは本能だし愛情だし、
責任の問題ではないと思います。
街の子、国の子という概念はありますが。
マスコミ独自の報道ばかりですか。
街(市)や国の動きはどうなっているんでしょうか。
申し訳ない事に、僕は細かいニュースをみていません。
意見が対立するかと思いましたが、僕も理解出来ました。
しかし、おどろいた。
悪徳警察官のような先生がいるんですね。
そんな先生は中学校だったら生徒から袋だたきですよ。
そういうのはいじめっていわないでヤキっていうのか。
やっぱりマスコミ報道とずれがあることを願ったりします。
【2006/10/23 16:12】 URL | こーじT3 #KnHW2vQ. [編集]

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